甲賀と伊賀の四百年にわたる宿命の対決が、二人の男女によって終焉を迎えようとしていたまさにその時、戒めが解かれ、両者の忍法対決が始まろうとしていました。
戒めが解かれたのは、勝った方に賭けたものを三代将軍にすると大御所・家康が決めたからでした。
伊賀は竹千代、甲賀は国千代です。竹千代とは後の徳川家光。三代将軍。つまり、この物語は、最初の時点でどちらが勝つのかが分かっているのです。
ミステリー小説であれば、最初から犯人が分かっている状態で始まっているのと同じです。
ですが!そうと分かっていても、ハラハラ、ドキドキしながら読み進めることができるのは、山田風太郎という作家の凄さでしょう。
甲賀と伊賀の宿命の対決
忍法対決
この忍法対決は十対十の対決です。
序盤から、甲賀は圧倒的に不利で、あっというまに四人が殺されてしまい、六人しか残らない状況に追い込まれます。
しかも、甲賀はなぜ伊賀が襲ってくるのか、その真実を知らないでいます。
つまり、甲賀は情報戦において序盤を不利に戦っているのです。
というより、全く状況が分からないうちに次々に殺されてしまったというところでしょう。
しかし、甲賀の強さというのがここから発揮されていきます。
圧倒的不利な状況から、それこそタイブレイクまで持ち込んでいくのです。
そして、最後の戦いを迎えることになります。
ロミオとジュリエット
この戦いの中で、愛を引き裂かれるのが、甲賀弦之介と朧の二人です。
この二人の結婚によって、甲賀と伊賀の宿縁は終わるはずでした。
まさに、ロミオとジュリエットなわけですが、この二人は、互いに相反する忍法を持っています。
甲賀弦之介は「瞳術」。黄金に光る目で、相手を強烈な睡眠術にかけ、自らを殺させてしまいます。
弦之介の黄金の目を誰も逸らすことはできません。いわば、攻撃の「瞳」。
一方、朧は「破幻の瞳」。それは忍法ではなく生まれ持った才能です。
朧が見つめると、あらゆる忍法が無効になります。文字通り、忍法を「破る」瞳であり、守りの「瞳」。
この二つの「瞳」がどのような結末を迎えるのか。それは最後まで読まないと分かりません。
映画化
2005年に映画化された。「SHINOBI」
朧を仲間由紀恵、甲賀弦之介をオダギリジョーが演じました。
内容/あらすじ/ネタバレ
駿府城内
慶長十九年四月の末。駿府城内。
ひとりを風待将監といった。この男に五人の柳生流の侍がかかった。将監の口からとばされたのは、異様なものだった。それは粘液の一塊だった。
もうひとり、伊賀の夜叉丸にも五人の侍がかかった。女の黒髪をより合わせた縄を使って、次々と倒していった。
この二人が対峙した。
徳川家康は服部半蔵に命じて甲賀弾正と伊賀のお幻に杯をとらせた。
家康は、徳川家の相続者に関して、驚くべき一つの賭けの宣言を発しようとしていた。三代将軍になるのは竹千代か国千代か。
その相続のために甲賀と伊賀の古からの戒めを解き、双方十人ずつでの忍術勝負だ。国千代は甲賀、竹千代は伊賀である。
弾正とお幻は、妙なことになったと思っていた。いましも、四百年続いてきた双方の家が、それぞれの孫の恋にひかされてようやく和睦しようとしていた矢先だったのに。
その話をした矢先、二人は互いを襲い、そして、互いに倒れた。頭目がまずあいうったのだった。
戦いを告げる秘巻
この戦いを告げる秘巻を持って風待将監は甲賀へ走り、もう一つの巻物はお幻の鷹がつかんだまま伊賀へと向かっていた…。
甲賀弦之介と鵜殿丈助が伊賀に向かっていた。弦之介は朧に会いにいう途中だった。鵜殿丈助は毬のように肥っているが、恐るべきはその軟体性である。
この二人が鷹を見つけた。それは白い長い紙片をつかんでいる。丈助がそれをつかんだところに現れたのが、小豆蠟斎だった。
小豆蠟斎との忍法勝負に勝って、丈助は巻物を手に入れたままだったが、伊賀に着き再び忍法勝負を挑まれた。相手は朱絹。
朱絹は全身の毛穴から血しぶきを噴出するのだ。たまらず、丈助は音をあげた。
伊賀
お幻が死んだことが伊賀に知れ渡った。告げたのは薬師寺天膳。お幻がひとりだけ対等にあつかっていた男である。その本当の年はわからない。
天膳は、甲賀よりも先に巻物が手に入った事を幸とした。そして、甲賀に渡るであろう巻物を風待将監から奪わなければならない。
討ち手は蓑念鬼、筑摩小四郎、蛍火、小豆蠟斎、そして天膳の五人である。
五人の前に山駕籠が現れた。乗っているのは地虫十兵衛。
地虫十兵衛は巨大な芋虫であった。だが、この男、のどのおくに一尺ちかい凶器を飲み込んでいた。それを天膳はくらった。
風待将監と対峙しているのは蛍火だ。風待将監は彼自身が一匹の蜘蛛にしか過ぎないが、蛍火はあらゆる爬虫昆虫を駆使する。
追い詰められた風待将監が巻物を投げた。それを受け取ったのは地虫十兵衛だった。
薬師寺天膳
逃げる十兵衛の前に現れたのは死んだはずの薬師寺天膳だった。十兵衛は死んで巻物は伊賀の手に渡り、それを確かめた天膳は火をつけて燃やした。あと七人。
雨夜陣五郎の気配に気がついた朧は、何をしようとしているのか誰何した。見つめられた甚五郎は、その姿を現した。彼は塩に溶けるのだった。
溶けかかっている甚五郎を鵜殿丈助が見つけた。そして、甚五郎からいなくなっている五人の行方を聞きだした。風待将監を追っていると聞いて丈助は驚愕した。
だが、その間に、甚五郎は水を得て生気を取り戻した。そして、丈助は殺された。
これまでに、甲賀は四人討たれ六人になってしまっていた。
甲賀
天膳ら五人は甲賀に忍びこもうとしたが、姿なきものに行方をはばれた。この争いの中で、筑摩小四郎の技がさえた。彼は強烈な吸息によって真空を生み出し、鎌いたちを生み出すのだ。
彼らが伊賀に逃げ帰る途中、見つけたのは如月左衛門の妹・お胡夷だった。
その頃、甲賀では室賀豹馬、霞刑部、如月左衛門が談合をしていた。そして、風待将監を探しに出かけることにした。
夜叉丸は東海道を走っていた。風待将監に一日遅れている。これを捕まえたのは霞刑部と如月左衛門だった。この時、二人は夜叉丸から恐るべきこの忍法対決の話を聞き出していた。
そして、如月左右衛門は夜叉丸に成りきった。彼はその顔を自在に変えることができるのだった。一方、霞刑部はその寒天のように透き通った体で、姿を消すことができた。
捕らわれたお胡夷は小豆蠟斎を誘い出して殺した。彼女は吸血鬼だった。だが、お胡夷も次に現れた蓑念鬼に殺されてしまう。
そこに現れたのが、夜叉丸だった。夜叉丸は死んだお胡夷の手を取った。夜叉丸と見えたのはお胡夷の兄・如月左衛門である。お胡夷は左衛門に、巻物の位置を教えて死んだのだ。
瞳術
霞刑部と如月左衛門は弦之介に真実を告げ、甲賀に帰るように勧めた。その三人の前に伊賀侍が立ちはだかったが、弦之介の黄金いろにひかる目に、倒れていった。弦之介の「瞳術」は強烈な一種の催眠術である。
朧は去っていく弦之介を見て、呆然とした。一方、弦之介は朧に裏切られたという哀しい気持ちと強い憤りでいっぱいだった。
朧は「破幻の瞳」を自ら封じてしまった。それは七日七夜開くことがない薬を使ったのだった。
残るは、甲賀五人、伊賀七人。
甲賀弦之介
甲賀弦之介は何のためにこのような忍法勝負をすることになったのかを徳川家康または服部半蔵に聞きに行くと伊賀に告げた。その間に襲いたければ襲うがよい。そう告げての旅立ちだった。
弦之介に同行するのは残る四人。霞刑部、如月左衛門、室賀豹馬、陽炎だ。 陽炎は官能に点火された時、その息吹に死の匂いが含まれる。それは実に悲劇だった。彼女は結婚生活というものを持つことができない。
その陽炎は弦之介に恋している。それを知った弦之介は愕然とした。恋する男を殺す女。陽炎を連れていくことは、腹中に毒を飲んで旅をするに等しい。
その深夜。蛍火の遣った蛇によって弦之介の目が潰された…。
翌日、弦之介の目がつぶれたことを知った蓑念鬼は薬師寺天膳からの命令を無視して弦之介を討とうとした。だが、あろうことか、黄金の目は輝いていた。
しかし、輝いたのは弦之介の瞳ではなかった。それは室賀豹馬の目立った。そう、豹馬は弦之介の「瞳術」の師であったのだ。
そして、蛍火は蓑念鬼に化けた如月左衛門によって殺された。
桑名の海
桑名の海を前に、薬師寺天膳、雨夜陣五郎、筑摩小四郎、朱絹、朧が姿をあらわした。海を渡って、弦之助らに追いつくつもりである。
天膳は船の上であることを企てていた。それは朧を己のものにすることである。朧をまさに襲わんとしたところ、天膳は何者かに絞殺されてしまう。
それは霞刑部だった。刑部が現れたことを知った朱絹は、毛穴から血を噴き出し、姿を消していた刑部を浮かび上がらせた。
この渡海中、雨夜甚五郎は海に落ちて溶けてしまった…。
如月左衛門が甲賀弦之介に化けて道中を進んでいた。だが、天膳はそれを見破った。やはり弦之介の目は潰されている。
忍法対決の真の目的
甲賀と伊賀の一行は互いに警戒しながら道中を進んでいた。そこに現れたのが、竹千代の乳母・阿福であった。そして、ようやくこの忍法対決の真の目的を知ることになるのだった。
如月左衛門は死んだ薬師寺天膳の顔に化け、朱絹らに合流した。だが、左衛門は知らなかったのだ。薬師寺天膳が死なない体であることを…。
ここに残るのは甲賀の弦之介、陽炎、伊賀の朧、薬師寺天膳のみであった。
そしてついに最後の対決の時を迎えた…。
本書について
甲賀忍法帖
山田風太郎
講談社文庫 約三四五頁
目次
大秘事
甲賀ロミオと伊賀ジュリエット
破虫変
水遁
泥の死仮面
人肌地獄
忍法果し状
猫眼呪縛
血に染む霞
魅殺の陽炎
忍者不死鳥
破幻刻々
最後の勝敗
登場人物
<甲賀>
甲賀弦之介
地虫十兵衛
風待将監
霞刑部
鵜殿丈助
如月左衛門
室賀豹馬
陽炎
お胡夷
甲賀弾正
<伊賀>
朧
夜叉丸
雨夜陣五郎
筑摩小四郎
蓑念鬼
小豆蠟斎
薬師寺天膳
蛍火
朱絹
伊賀のお幻
徳川家康
服部半蔵
阿福(春日局)