覚書/感想/コメント
山本一力の作品の出来にはムラを感じることがありますが、この短編集は、それぞれの短編が練られており、面白く読めました。
また、それぞれが、花に関連した題名となっているように、物語もその花の印象を踏まえたものとなっています。
「萩ゆれて」は、その読後感に三島由紀夫の”潮騒”と同じものを感じました。
もちろんストーリーは全然違うのですが、なぜか、読み終えた後に三島由紀夫の”潮騒”を思い出してしまいました。
「いっぽん桜」では、半強制的に隠居を迫られた番頭が、傷つけられた誇りを取り戻すまでの経緯が見事に描かれています。
内容/あらすじ/ネタバレ
いっぽん桜
深川門前仲町の口入屋・井筒屋重右衛門が番頭の長兵衛を呼び出して話し始めたのは、近いうちに隠居して、倅の仙太郎に身代を譲ろうと思っている、ついては私と一緒に身を引いてくれというものだった。
隠居するまでは、長兵衛は仙太郎と次の番頭・清四郎の後見人として過ごすことになった。
長兵衛は、自分が番頭になってから井筒屋を大きくしてきたという自負がある。それを突然身を引けと言われて長兵衛は途方に暮れている。まずもって、家族にどう話すかである。
長兵衛の家の庭には桜が植わっている。娘のおまきのために植えたものだった。その娘も師走の祝言が決まっていた。今年、桜は花を咲かそうとしなかった。
長兵衛は井筒屋を辞めた後、魚卸の木村屋の世話になることにした。
萩ゆれて
服部兵庫は木刀で試合をした打身の湯治に来ていた。その湯治先でまむしに咬まれた女を助けた。女はりくといい、漁師の兄・弦太、父・玄蔵と同じく海で働く海女だった。
りくを助けたことによって兵庫は弦太と仲が良くなった。そして、湯治に来ている理由を話した。それは、兵庫の父が切腹したことを嘲笑ったやつがおり、試合を申し込んだのだが、逆に打ち込まれてしまったためであった。
父は母・志乃の病のために必要な薬代をまかなうため、まいないを受け取ってしまったのだ。それ故に腹を切らされた。
兵庫は湯治先でりくや弦太らと過ごす内に、侍の身分を捨てようと決心をするようになる。だが、母・志乃、妹・雪乃は大反対だった。
そこに、すいかずら
海賊橋たもとの船着場に三台の荷車が横付けされた。荷車と呼ぶにはこしらえが立派だった。常盤屋の荷車だったのだが、中身はひな飾りだった。ただのひな飾りではない。総額三千両になるひな飾りである。
常盤屋の娘・秋菜が四歳の時、父・常盤屋治左衛門は三万両という儲けを得た。その一割を投じて作らせたのが、このひな飾りであった。
秋菜の誕生は常盤屋に大きな幸運を運んできた。それは、紀伊国屋文左衛門が常盤屋をひいきにしてくれるようになったことだった。この紀伊国屋文左衛門が大きな儲けをもたらしてくれたのである。
芒種のあさがお
伊勢屋の徳蔵に娘が生まれた。六月に生まれるのなら、男の子でも女の子でもあさがおの産着を着せようと思った。女の子はおなつと名付けられた。おなつはあさがおが好きな子として育った。
そのおなつも十七になり、友達と祭見物に出かけた。富岡八幡宮の祭に出かけだのだ。その先で、冬木町に江戸でも一、二を争うあさがお職人がいるという話を小耳に挟んだ。おなつはそこへ寄ってみようと考えた。
祭を見終えて、冬木町へ向かう途中で知合った若者に道案内をお願いした。若者は亮助といい、件のあさがお職人の息子だった。
本書について
山本一力
いっぽん桜
新潮文庫 約三二〇頁
短編集 江戸時代
目次
いっぽん桜
萩ゆれて
そこに、すいかずら
芒種のあさがお
登場人物
いっぽん桜
長兵衛…番頭
おせき…女房
おまき…娘
井筒屋重右衛門
仙太郎
清四郎
木村屋伝兵衛…魚卸
萩ゆれて
服部兵庫
雪乃…妹
志乃…母
服部清右衛門…伯父
りく
弦太…りくの兄
玄蔵…りくの父
新兵衛
そこに、すいかずら
常盤屋治左衛門
吉野…妻
秋菜…娘
紀伊国屋文左衛門
松木新左衛門
大木平蔵…人形師
芒種のあさがお
おなつ
徳蔵…伊勢屋主、おなつの父
おてる…おなつの母
亮助
要助…亮助の父
おみよ…亮助の母