股旅もの小説。裏街道を歩く人間たちを主人公とした小説なのですが、全体的に明るい色合いが魅力の小説です。また、主人公の成長を小説を通して楽しめるのも魅力の一つでしょう。
渡世人といえば仁義の切り方。音次郎のはこんな感じです。
「おひかえなすって。軒下三寸をお借り申し上げての仁義、失礼さんでござんす。おひかえなすって。」
「てまい、生国と発しますところ関東でござんす。関東は東の筑波山の峰々の美しさに、華の都は大江戸の大川の清き流れは美しく、深川でござんす。深川は仮の住まいとして、浅草は今戸の、恵比寿の芳三郎の若い者でござんす。」
さて、股旅もののといえば、三度笠に、縞合羽、葛籠。
ですが、渡世人が使うのは三度笠ではなく、菅笠が正しいようです。三度笠とは飛脚専用の菅笠のことをいい、三度飛脚が用いたからこう呼ばれたのでした。
また、筵やござを巻いて背負うみすぼらしい姿で旅をし、親分格が引き回し合羽を着るくらいだったようで、音次郎のような格好は滅多にいなかったようです。
とはいうものの、音次郎の場合、旅から旅への生活ではなく、名代としての旅であり、金も多く持っていたので、不思議ではないのでしょう。
最後に、股旅は、旅から旅を股にかける、からとった言葉で、長谷川伸が戯曲「股旅草鞋」で使ったのが最初だそうです。
内容/あらすじ/ネタバレ
天明八年(一七八八)の年明け早々。恵比寿の芳三郎は代貸の源七を呼んだ。源七は組の仕切りを任されている代貸だ。
佐原の兄弟分・小野川の好之助から香取神宮の祭りを見に来いと手紙を受けたのだが、恵比寿の芳三郎は風邪が治りきっておらず、旅は億劫だった。かといって断るわけにはいかない。源七は名代を出そうという。
あと三年で芳三郎は源七に組を任せるつもりでいる。源七が組を継いだあとで代貸に据えたい男を名代に出そうというのだ。源七は音次郎の名を出した。芳三郎は得心していないようだが、源七は音次郎を推した。
芳三郎は音次郎を名代として出すことに決めた。だが、佐原に出す前に作法をしっかりとたたき込む必要がある。音次郎は旅に出たことがないので、仁義の切り方も身につけてはいなかった。
そこで、源七は音次郎に仁義の切り方の稽古をつけたり、渡世人としての言葉遣いをたたき込み始めた。
音次郎は母の用意してくれた三度笠、道中合羽、柳の葛籠を背負って佐原への旅が始まる。佐原にいく手前で成田山新勝寺に代参するようにと芳三郎からじきじきに言いつかった。
道中の旅の費用として源七は百両を用意してくれた。そして、金にさもしいことをしないで、きれいさっぱり使ってこいといわれての旅だ。
旅慣れていないせいで、旅の始まり早々音次郎はしくじりをした。そして、佐倉の宿・野平屋に泊まった。この野平屋に盗賊が押し入ったのは八ツ半だった。
佐倉の吟味方同心岡野甲子郎は宿に泊まっている者を集めて調べ始めた。客の中に賊を手引きした者がいるに違いない。怪しいのは音次郎だ。だが、疑いは晴れた。そして、押し込んだ賊がこませの十郎ということがわかった。
音次郎は佐倉を早立ちした。そして酒々井村はずれの浅間神社境内で休んだ。この浅間神社には竹藪があり、水筒を作らせてもらおうと思った。だが、この浅間神社でも音次郎は問題に巻き込まれる。
このあと、音次郎は成田に向かった。成田には二人貸元がいる。古いのは大滝組だが、最近は吉川組が勢力を伸ばしてきている。だが、浅間神社で音次郎は大滝組をたずねたらいいと言われた。
成田に着くと音次郎は大滝組にはすぐに行かずに、しばらく様子を見ることにした。この成田までの道中で音次郎は用心深くなっていた。だが、これがあだとなった。
佐倉の岡野甲子郎は成田で音次郎が嫌疑を受けたと知り、機嫌が悪かった。機嫌が悪かったのは他にも理由があるのだが、急いで成田に向かった。そして、音次郎は嫌疑を晴らすことができた。
今回音次郎が嫌疑を受けるはめになったのは、どうやらこませの十郎が絡んでいるらしい。一度ならずも二度まで、必ず落とし前はつける。
そして、佐原についた。
本書について
目次
のろ
回り兄弟
すいべら
助け出方
すべりどめ
まるい海
登場人物
草笛の音次郎
およし…母親
恵比寿の芳三郎
源七…代貸
おきち
おみつ
岡野甲子郎…佐倉吟味方同心
鎌倉屋隆之介
大滝の吉之助…成田の貸元
元四郎…代貸
カツオ
芳川浩三…成田宿宿場番所の吟味方同心
仙造…成田の十手持ち
鉢右衛門…旅籠のあるじ
橋場の吾助
越後高田の真太郎…渡世人
相州江ノ島在の昌吉…渡世人
小野川の好之助…佐原の貸元
利助…代貸
祥吾郎…銚子の渡世人
寺田英輔…北町奉行所吟味方与力
こませの十郎
徳三…浅間神社の下男