覚書/感想/コメント
池波正太郎、藤沢周平が亡くなったあとの時代小説を支える作家として、最も力量のある作家・山本一力。その処女作に当たる作品に加筆・訂正したのが本作。
巻末の「あとがきにかえて」に書いてあることだが、山本一力が生まれて初めて最後まで書き通した小説に、助詞ひとつに至るまで書き直しをし、時代考証の誤りも可能な限り訂正したものが本作。
だが、骨格となるプロットに大幅な変更をしたとは書いていない。つまり、原型の小説のプロットはほぼ生かされた形での加筆・訂正だったのである。
個人的な嗜好で申し訳ないのだが、私は文章の上手な作家より、プロットのうまい作家の方が好きである。文章を楽しむというよりは、話の筋を楽しむのが小説だと思っているからである。文章を楽しむのなら、詩や短歌を読むべきだと思っている。
だからこそ、この小説には正直驚いた。山本一力は原型となる小説は荒削りに過ぎると自戒しているが、この加筆・訂正された小説を読む限り、原型は作者が言うほどひどいものではなかったのではないかと感じた。
それだけ、プロットは見事である。もちろん、プロットに少々無理がある箇所があるのは確かである。だが、それを上回る出来であると思う作品である。
内容/あらすじ/ネタバレ
銀次は腕のよい大工だったが、親方を失った失望感から博打にはまった。そして二十両もの借金が出来た。二十両の借金の利息がわりに銀次は賭場に鏝屋を引きずり込んだが、その一家が夜逃げした。銀次はおのれがやらかしたことの大きさを思い知ることになった。
銀次は借金を作った賭場へ向かった。そこで親分の猪之介に掛け合って見るつもりだった。今のままでは借金が返せないから利息をチャラにしてくれというものだった。
猪之介は考えた末に、利息はいらないから元金の二十両をまとめて返せ、それまでは大川をわたってくるなという条件を持ち出した。銀次はその条件を飲み込み、大川の反対側へと向かった。戻る時は借金を返す時である。
銀次はおのれがやらかしたことの大きさの責任をとるために、先ずは己の心持ちを鍛えたかった。そこで以前仕事で関わりのあった堀正之介を訪ねた。堀正之介は銀次の心意気を買い、修行をつけてやることにした。堀正之介は剣の修行に読み書きをも教えた。
一通りの修行が済むと堀正之介が銀次に持ち出したのは、呉服屋の千代屋の手代をやってみないかというものだった。銀次は大工である。迷った挙げ句、この申し出を受けることにした。
一方、銀次に対して甘い猪之介に苛立つ新三郎は、銀次を憎らしく思っていた。同じく銀次を面白く思っていないのがもう一人いた。銀次と同じ千代屋の手代与之助である。
与之助が銀次を面白く思っていないのは、与之助が気を寄せているおやすが、銀次に思いを寄せているそぶりを感じたからである。やがて、この二人が意外なところで出会い、そして…
銀次は猪之介の出した条件、大川をわたらずに、借金の二十両を返すことが出来るのか?
本書について
山本一力
大川わたり
祥伝社文庫 約三四〇頁
長編
江戸時代
目次
壱
弐
終章
登場人物
銀次
猪之介…通称達磨の猪之介
新三郎…代貸
仙六
公家の弐吉…上野の親分
堀正之介…剣客
千代屋太兵衛…当主
喜作…一番番頭
与之助…手代
茂助
おやす
藤村柳花