覚書/感想/コメント
本作は「風流冷飯伝」「面影小町伝」の三部作の一作であるが、同時に「退屈姫君」シリーズの第一弾でもある。
三部作としては緩いつながりで、第一弾と第二弾は風見藩というつながりがあり、第二弾と第三弾は本書で登場するお仙でつながっている。
「風流冷飯伝」は宝暦十四年に始まる。本書は宝暦十三年(一七六三)師走に物語が始まるが、すぐに年が明け、宝暦十四年となるので、物語の流れとしては「風流冷飯伝」のすぐ後ということになる。本文中でもそのようになっている。
五十万石の大藩のお姫様である「めだか姫」が二万五千石の小藩である風見藩に嫁いだ。
なぜ大藩の姫が小藩に嫁がなければならなかったのか?
そこにはある密約があった。これを嗅ぎつけたのが田沼意次。
前作の風流冷飯伝で風見藩の取りつぶしに失敗した田沼意次が性懲りもなく風見藩を目の敵にする。
これに風見藩上屋敷の「六不思議」が絡んで、めだか姫の八面六臂の大活躍が始まる。
小藩ゆえに遠慮して、七不思議ならぬ「六不思議」がある風見藩上屋敷。
壱番 「抜け穴はありやなしや」
弐番 「中間長屋の幽霊」
参番 「廊下の足音すがたは見えず」
四番 「井戸底の簪」
五番 「下は築地で在所が知れぬ」
六番 「ろくは有れどもしちは無し」
めだか姫はこの全ての謎を解くことができるのか?
そして、この六不思議の何番かが、密約に関係しているとは…。
めだか姫を支えるのが、義弟の時羽直光、幕府お庭番の倉知政之助、くの一のお仙である。
このうち、お仙は次作「面影小町伝」の主人公となり、倉知政之助も重要な登場人物として登場する。
このお仙だが、蛙が大の苦手である。
さて、猫というのは鼠を捕るからネコと呼ぶのだとか。虫を捕ればムコ、雀を捕るのはスコなんだとか。
本書ではココの名で登場するめだか姫の愛猫。鯉を捕まえたのでココとされたのだが、あるものを捕まえて晴れて「ネコ」となる。一体何を捕まえたのか?
内容/あらすじ/ネタバレ
宝暦十三年(一七六三)師走。
陸奥磐内藩五十万石の国主・西条綱道は末娘のめだか姫を呼んで嫁入りだと告げました。西条綱道はこのいたずら好きの末娘を溺愛しています。
年を明ければ十七歳になるめだか姫の縁談です。
相手は風見藩の藩主・時羽直重だという。風見藩は四国讃岐にある二万五千石の小藩です。
めだか姫が時羽家に嫁いでから三月が過ぎようとしています。
夫の時羽直重は参勤交代で国許に戻ることになりました。その間の留守を守るのがめだか姫の役目です。俄然張り切りました。
ですが、直重が帰国してしまうと、一日何をして過ごせばよいのやら。
めだか姫は腰元に化けて藩邸のあちこちを探検してみようと考えました。
表御殿を探索しようと思っていたら、着流しの浪人者がいます。藩主・直重の弟で、部屋住みの時羽直光です。
直光はなにやら一人合点したらしく、義理の姉の手を取って歩き出します。すると、直光は藩邸の外へ続く秘密の抜け穴から藩邸の外へ連れ出しました。
直光はこうしてたびたび藩邸を抜け出しているようです。ですが、ひとり裏通りに残されためだか姫は心細くなりました。
たちの悪そうな二人の若い武士がめだか姫を囲もうとした時、一人の少女が助けてくれました。お仙と名乗っています。釣独楽を操って若い武士達をやっつけたのです。
お仙は今朝方から風見藩邸を伺っていました。お仙は谷中笠森稲荷の水茶屋の茶汲み娘です。
お仙は一八という兄のことをめだか姫に尋ねます。ですが、めだか姫は知りません。
二十代半ばの若侍・倉知政之助が笠森稲荷へ向かっています。
この四月に四国讃岐の風見藩に潜入し、御側衆筆頭田沼意次に命ぜられた遠国御用を見事果たしました。政之助はお庭番なのです。
笠森稲荷の水茶屋鍵屋は、情報収集の拠点です。
この鍵屋の前に人だかりがしているから大変です。何事かと思っていると、天女が店先にいるではありませんか。この天女はめだか姫です。
お仙はめだか姫を風見藩の腰元だと思っています。倉知政之助は田沼意次から風見藩と磐内藩の江戸藩邸を探るように命ぜられたので、もっけの幸いとばかりに喜びます。
風見藩と磐内藩はなにやら裏で密約をしているらしい。それを探れというのが田沼意次の命令です。
お仙は倉知政之助が田沼意次から命ぜられたことをめだか姫に話します。協力をして欲しいと頼んだのです。めだか姫も腰元の振りをして、話を合わせます。
このお仙ですが、実は倉知政之助の手先を務める「くのいち」なのです。
めだか姫は義弟の直光から風見藩上屋敷の六不思議を教わりました。
壱「抜け穴はありやなしや」
弐「中間長屋の幽霊」
参「廊下の足音すがたは見えず」
四「井戸底の簪」
五「下は築地で在所が知れぬ」
六「ろくは有れどもしちは無し」
壱番の謎は、めだか姫も知っている抜け穴です。
めだか姫は残りの謎を夫直重が藩邸に戻るまでにいくつ解けるのでしょう。風見藩と磐内藩が交わした密約についても探らなくてはならないですし、一夜明けて大忙しの身になってしまっためだか姫です。
めだか姫は将棋を習うことになりました。榊原拓磨という美貌の若武者が将棋の師匠になるはずでしたが、やってきたのはお供え餅のような天童小文五です。
がっかりしたのは、めだか姫の腰元達でした。
めだか姫は弐番の「中間長屋の幽霊」の謎を探ろうと考えました。
すると果たしてお化けが出て、めだか姫は「うーん」と気絶してしまいました。
この話をお仙にすると、お化けなんかいるわけないと笑います。そして、謎はお仙が解いてしまいました。
めだか姫の将棋盤が盗まれました。中には秘密の隠し箱があります。これを狙ったのでしょうか。
これを持ち出したのは義弟の直光です。直光が藩邸から抜け出すのを見ていたのが倉知政之助です。政之助は直光の後を追っていきます。
その直光は貧乏長屋へ入っていきました。そして、お糸と呼ばれる娘を囲んで何やら悩んでいます。ここに現われたのがめだか姫達です。
事情を聞き、めだか姫はお糸の苦境を助ける手助けをしました。
倉知政之助はめだか姫が風見藩の正室だと知り、びっくり仰天です。
取り戻した将棋盤には夫直重が隠した書状が隠されていました。「めだか、読むでないぞ」と書かれており、めだか姫は断固として読むまいと心に誓います。
めだか姫と時羽直光、倉知政之助、お仙の四人で、風見藩上屋敷の六不思議と、磐内藩と結んだ密約の内容を調べることになりました。
そして早速参番の「廊下の足音すがたは見えず」を解き明かすことができました。
やがて七夕が来ると四番の「井戸底の簪」が関係する出来事が起きるというのですが、それは一体何なのでしょう?
江戸留守居役兼奧家老の根黒久斎がある屋敷を訪ねます。それをお仙が見ていました。その屋敷というのがあろうことか田沼意次の屋敷だったのです。
根黒久斎は風見藩の裏切り者だったのです。めだか姫は根黒を見張ることにしました。
根黒は築地界隈で何やら探している様子です。どうやら根黒は風見藩と磐内藩との間で交わされた密書がどこかにあると考え、それが在所の知れない下屋敷にあるのではないかと考えたのでした。
そうです。五番の「下は築地で在所が知れぬ」とは下屋敷のことを指していたのです。
この五番の秘密をめだか姫が解き明かしました。ですが、これが本当なら、藩のお取りつぶしになりかねません。
めだか姫は父・西条綱道にも田沼意次が探っていることをそれとなく知らせることにしました。
その田沼意次が風見藩邸を突如訪ねてきました。風見藩邸には小堀遠州の茶室があると聞いてきたというのです。そんなものはありません。ですが、ありますとめだか姫は答えてしまいました。
田沼意次は喜んだふりをして、十代将軍徳川家治の耳に入れてしまったのだといいます。
さあて、大変。公方様が来ることになってしまい、どうしていいのか途方に暮れてしまうめだか姫。
めだか姫はある計画を思いつきました。これで田沼意次をぎゃふんと言わせることができます。
問題なのは小堀遠州の茶室です。これは父・西条綱道が麻布にある屋敷に組立式茶屋があるというので一件落着、かと思いましたが、そのばらし方や直し方を知る者がいなくなってしまって、移動できないのだといいます。
これがあれば、ことは全て上手くいくのですが…。めだか姫と風見藩は風前の灯火なのでしょうか?
そして、ついに運命の日、将軍家治が風見藩上屋敷を訪ねる日がやって参りました。
本書について
米村圭伍
退屈姫君伝
新潮文庫 約四二五頁
目次
そもそものはじまり
第一回 あくびとは眠くなくても出るものね
第二回 水茶屋の天女に惚れるお庭番
第三回 小藩はひとつ足りない六不思議
第四回 怪人の頬が震える歩三兵
第五回 鵺が啼き人魂は舞い賽子は鳴る
第六回 波銭の名月冴える盆の庭
第七回 切餅をほどけば娘あとずさり
第八回 どの門に回れど赤い痣
第九回 古井戸や簪飛び込む水の音
第十回 意次の子はにぎにぎをよく覚え
第十一回 油照り暑さをしのぐ心太
第十二回 化かされて破邪の剣は空を切り
第十三回 市松の生首が浮く蚊帳の外
第十四回 猫ならばネの字の獲物いけどりに
第十五回 白玉の涼爽やかに大円団
これでおしまい
登場人物
めだか姫
諏訪…老女
ココ…愛猫
お仙…茶汲み娘、くの一
倉地政之助
時羽直光…時羽直重の弟
五兵衛…お仙の父親
天童小文五…将棋の師匠
根黒久斎…江戸留守居役兼奧家老
小朝…行儀見習い
養泉院…先代藩主未亡人
横井秀作…勘定役
田沼意次…御側衆筆頭
田沼意知…田沼意次の嫡男
徳川家治…十代将軍
西条綱道…めだか姫の父
時羽直重…めだか姫の夫、風見藩主
上州の仁吉
お糸
寅蔵…大工の棟梁
吉左衛門…大家